紙の「やさしさ」の歴史② 社会を支える役割と責任
「紙の『やさしさ』の歴史」第一部では、「人の心に寄り添う」という意味での紙のやさしさについて、中世から近代までのエピソードをいくつか書きました。しかし、紙は、人の心に寄り添うだけの素材ではありません。 社会のさまざまな場面で、紙は「人々の安心」「暮らしの基盤」を支えてきました。さらに近年では、環境問題や災害、デジタル化という大きな社会変化の中で、紙の役割は「古い素材」から「未来の希望をつなぐ素材」へと進化を遂げています。 この記事では、紙が社会と地球を守り続ける「やさしさ」を見つめ直してみます。
災害時に人を守る段ボール紙の力
災害時、段ボールはただの梱包資材にとどまりません。むしろ「人を守る壁」として、いま最前線に立つ素材です。
避難所での段ボールパーテーション
大規模災害が起こると、体育館や集会所に多くの人々が避難します。そこで問題となるのがプライバシーの確保やストレスの軽減です。段ボールで作られたパーテーションは、わずか数分で設置でき、防音性や保温性に優れ、避難生活の心身の負担を和らげる役割を果たしています。 東日本大震災や熊本地震でも、段ボールパーテーションは被災者の「小さな安心」を支えました。
コロナ禍の段ボールパーテーション
新型コロナウイルスの感染拡大で、段ボールは飛沫防止のパーテーションとして急速に普及しました。飲食店や公共施設など、ありとあらゆる場所で「紙」が人々を守る最前線に立ちました。軽く、簡単に処分でき、リサイクルもしやすい段ボールだからこそ、素早い対応が可能だったのです。
東京オリンピックの段ボールベッド
2021年、東京オリンピックで話題になったのが、選手村の段ボール製ベッドです。軽量で強度があり、衛生的でリサイクル可能。世界中のメディアが取り上げ、紙が「環境にやさしく、かつ機能的な素材」であることを示しました。
段ボールは、単なる荷物の運搬だけでなく、非常時の“やさしい守り手として、人々の暮らしを支えています。
清潔を守る紙 ― 衛生のやさしさ
紙は、衛生という面でも人々の生活を支えてきました。 トイレットペーパーやティッシュペーパーは、ぬぐう・清潔を保つという極めて人間的な欲求を満たす、紙ならではの存在です。
紙おむつや医療用紙製品
紙はまた、医療や介護の現場でも活躍しています。紙おむつ、紙製ガウン、紙製シーツなど、使い捨てで清潔を保てる紙製品は、感染症の拡大を防ぐ大きな武器となりました。特にパンデミック時、医療用の紙製品の需要は爆発的に高まりました。
紙は、ただの生活用品ではありません。命や健康を守る素材でもあるのです。
環境へのやさしさ ― 製紙業界の挑戦
紙はかつて、「森林破壊の象徴」と批判された時代がありました。しかし現在、紙の世界は劇的に変わりつつあります。 現代の製紙業界は、環境にやさしい紙づくりに真剣に取り組んでいます。
FSC認証と植林活動
森林を持続可能に使うための「FSC認証」は、多くの製紙会社が取得し、伐っても植えるサイクルを徹底しています。王子製紙は自社で広大な植林地を管理し、未来の森を育てています。
再生紙の進化
ひと昔前、再生紙は「品質が落ちる」というイメージがありましたが、いまは技術が進み、高白色で印刷にも耐える再生紙が作られています。古紙利用率の向上は、日本の製紙業界が世界に誇る成果です。
ECF・TCF漂白
紙の漂白には有害な塩素が使われていましたが、いまではECF(無元素塩素漂白)やTCF(完全無塩素漂白)が広がり、水質汚染や生態系への影響を減らしています。
脱プラスチックの紙素材
近年、ストローやカトラリー、包装材をプラスチックから紙に置き換える動きが加速しています。王子製紙、日本製紙など大手も紙で新たな価値を創り出す挑戦を続けています。
かつて「環境に厳しい」と言われた紙は、むしろ「環境を守る味方」へと変貌しつつあります。
紙が「やさしくなかった」側面
紙は常にやさしい存在だったわけではありません。歴史の中には、紙が人を苦しめる道具になった時代もありました。
戦時下のプロパガンダ
第二次世界大戦中、紙は国の思想を刷り込むためのポスターやビラとして大量に使われました。紙は時に、人の心を操る“武器”となったのです。
匿名の紙による暴力
現代でも、いじめの現場で使われる無記名のメモ、誹謗中傷の手紙など、紙が人を傷つける手段になることがあります。紙はやさしさを届ける一方で、「顔の見えない暴力」にもなり得るのです。
大量消費・廃棄の問題
20世紀後半、広告チラシやDMの氾濫は紙資源の無駄遣いとも言われました。紙は「使い捨て文化の象徴」として批判を浴びた時代もあったのです。
紙そのものが悪いわけではありませんが、「使い方次第で紙は人を傷つける存在にもなる」ことを忘れてはいけません。
デジタル時代における紙の役割
「紙はもう古い」と言われる時代がやってきました。スマホ、タブレット、電子書籍…。しかし不思議なことに、現代は逆に紙の良さが見直されつつあります。
デジタル疲れと紙
デジタル画面を長時間見続けると、目や脳が疲れる人が増えています。そんな中、紙にメモを取ったり、紙の本を読むことで「ホッとする」「記憶に残りやすい」という声は絶えません。 紙は、単なる情報媒体ではなく、「身体を通して安心を与える存在」なのです。
紙は「自分を取り戻す道具」になる
紙に手を動かして文字を書くことで、自分の思考が整理される。折り紙やノートに手を触れることで、心が落ち着く。紙は「自分を取り戻すための道具」として、デジタル時代にあらためて必要とされています。
これからの紙とPAPER Entranceの使命
紙は、人の心に寄り添い、社会を支え、環境への責任を果たす素材へと進化してきました。 確かに、紙には「やさしくなかった」歴史もあります。この記事を書いて思った一番の気づきは、紙の魅力は一方では欠点にもなりうるということです。人にとっての利便性というやさしさは、大量消費を生むことで環境にとっては負の側面になります。しかしそれでも、さらにその負の面を改善し進化していこうとする紙業界の先人たちの意志も感じました。
私たちも紙に携わる立場として、「人にも環境にもやさしい紙。紙とともにその魅力を表現しお届けする」というテーマを大切にしながら取り組んでいこうと思います。 私たちの活動が、将来の「紙の『やさしさ』の歴史」に残るよう、紙を通じて皆さまのお役に立てればうれしく思います。