記憶に残るのはどっち?紙とデジタルの学び比べ
紙を専門に扱う仕事をしている私ですが、「紙の方が記憶に残る気がする…でもそれって、単なる職業病?」と自分にツッコミを入れたくなる瞬間がたまにあります。紙の良さを日々発信している立場だからこそ、ちょっと冷静になって距離を置いてみることも大事だなと思うのです。
そんな折、ふと思い出したのが、息子の夏休みの宿題がすべてタブレットだったときの話。あれこれ操作にイライラして、「紙のドリルの方がやりやすい…」とぼやいていたのが印象に残っています。確かに、紙の方が身体に自然になじむという感覚はあるのかもしれません。
この体験をきっかけに、「本当に紙って理解や記憶にとって有利なの?」という疑問に、あらためて正面から向き合ってみることにしました。
そして最近、北欧の教育現場で“紙の教科書に戻す”という動きがあるという話を耳にし、その背景や根拠を調べてみたところ、いくつかの興味深い研究や実践に出会いました。この記事では、紙とデジタルそれぞれの特徴を中立的な立場からご紹介していきます。
北欧で進む紙の教科書への回帰
スウェーデンやノルウェーの教育改革
北欧では、デジタル化を積極的に進めてきた国々であり、教育現場でもいち早く電子教科書やタブレットを導入してきました。ところが近年、スウェーデンでは「子どもの読解力や学力が下がっている」という懸念が広がり、政府が再び紙の教科書の活用を進める方針を打ち出しました。
スウェーデンの教育大臣は、2023年に「デジタル教材の使用を制限し、紙ベースの教材に戻す」という方針を発表し、2026年までにすべての小学校で紙の教科書を基本とするよう求めました。これは、単なるノスタルジーではなく、学力の低下を防ぎ、理解や記憶を深めるための政策判断です。
回帰の背景にある課題
背景には、デジタル機器による過度な情報刺激や注意の分散が、子どもたちの集中力や思考力に影響を与えているという指摘があります。教育現場からは「紙の方が落ち着いて読み進められる」「深く考える時間がとりやすい」という声も上がっています。
紙とデジタルの理解度に関する研究結果
ノルウェーのMangenらの研究
ノルウェーの研究者Mangenらは、紙の本と電子書籍(Kindle)で同じ物語を読ませた際の理解力を比較する実験を行いました。その結果、紙で読んだ人の方が、物語の構造や順序をより正確に把握していたことがわかりました。特に、物語の「どこで何が起きたか」を覚える能力に差が出たのです。
これは、紙の本ではページの位置や厚みといった空間的な手がかりが得られるため、記憶の整理がしやすくなることが関係していると考えられています。
Delgadoらのメタ分析
スペインのDelgadoらによる2017年のメタ分析では、過去に行われた54件の研究を統合的に分析し、紙の読書が電子よりも読解力において優れている傾向があることが示されました。特に学習目的の読書や、深く理解する必要のある文章においては、紙の方が効果的であるという結果が出ています。
この分析は、単発の研究では見えにくい全体の傾向を明らかにするもので、教育現場での教材選びに大きな示唆を与えています。
紙とデジタルの特徴まとめ(一覧)
ここからは、紙教材での学習とデジタル教材での学習のどちらが良いかをまとめていきたいと思います。社内で意見交換をして、双方のいいところ悪いところを洗い出しましたが、結論を出しがたい議論となりました。というのは、メリットもデメリットも表裏一体であることが多いからです。つまるところ、両者のいいところをうまく使い分けることが大切だと感じました。
まずは、まとめをご覧いただき、次の項目以降で、詳細を述べていきます。
紙の教材が有利な点 | デジタル教材が有利な点 |
---|---|
空間的な手がかりで記憶を助ける | 必要な情報にすぐアクセスできる(検索性) |
通知などの干渉がなく集中しやすい | 音声や動画の補助機能で多様な理解が可能 |
手触りや質感など五感を通じた深い理解が得られる | 学習履歴が自動で記録され、進捗管理しやすい |
自分のペースでリズムをつくりやすい | 推敲や編集がしやすく、文章作成に向いている |
紙の教材が理解と記憶に有利な理由
空間的手がかりによる記憶の定着
紙の本では、「あの内容は右ページの下の方だった」など、視覚と触覚を通じた空間的記憶が働きます。このような手がかりは、内容の再確認や整理に役立ち、記憶の定着を助けます。
集中しやすい読書環境
紙は、スマートフォンやタブレットと違い、通知や広告に邪魔されることがありません。ページをめくるという行為も、読書に一定のリズムを生み出し、内容をじっくり考える余裕をもたらします。
感覚を通じた深い理解
紙の手触りや文字の大きさ、インクの濃淡など、五感を通じた情報は脳への刺激を多様にし、単なる視覚情報だけに頼るデジタルとは違った記憶の経路を作ります。これが、学びの深さに影響を与えると考えられています。
学習のリズムを自分でつくりやすい
紙の教材では、ページをめくるタイミングや書き込みの間隔などを自分のペースで決められるため、学習のリズムを主体的につくりやすくなります。こうした自己調整が、集中力や理解の持続につながるとされています。 紙の手触りや文字の大きさ、インクの濃淡など、五感を通じた情報は脳への刺激を多様にし、単なる視覚情報だけに頼るデジタルとは違った記憶の経路を作ります。これが、学びの深さに影響を与えると考えられています。
デジタル教材のメリットも見逃せない
検索性と情報アクセスのしやすさ
デジタル教材の最大の利点は、必要な情報にすぐアクセスできることです。用語を検索したり、関連資料をすぐに確認できるため、調べ学習には適しています。
音声や動画の補助機能
多くの電子教材は音声読み上げや動画解説機能があり、学習障害のある子どもや言語習得中の学習者にとって、理解の助けとなります。視覚以外の感覚を使うことで、情報の入り口が広がります。
学習履歴の可視化
デジタルでは、どの範囲をどれくらい学習したかが記録されるため、復習や進捗管理に活用できます。教師にとっても生徒の理解度を把握しやすいという利点があります。
書く作業におけるデジタルの利便性
文章を書く場面では、デジタルのほうが修正や編集がしやすく、特に推敲や構成の入れ替えが多い作業には向いています。また、学習履歴が自動的に記録されるため、復習や理解度の把握にも役立ちます。こうした点で、デジタルには実用的な強みがあります。
紙とデジタルの使い分けがこれからの鍵
紙の教材には、理解や記憶の定着という面で確かな効果があることが、さまざまな研究からも示されています。一方で、デジタル教材も柔軟な情報提供や支援機能に優れており、それぞれに利点があります。
大切なのは、どちらか一方に偏るのではなく、目的や場面に応じて使い分けること。たとえば、「しっかりと読み込んで考えたい」日は紙を、「繰り返し演習で手早く確認したい」日はデジタルを。そんなふうに、使い分けの感覚を自分の中に育てていくことが、これからの学びには欠かせないのかもしれません。
教育現場が再び「紙」に注目する理由は、単なる懐古ではなく、子どもたちの理解と記憶に寄り添うための、冷静な判断と言えるでしょう。
私たちPAPER Entranceは、紙という素材が持つ“情報を支える力”を大切にしています。紙に触れながら考えることは、まるで静かな湖に石を落とすように、思考が広がる感覚をもたらします。感覚をひらき、深く考えるための空間として、紙の価値がこれからも見直されていくことを、私たちは願っています。